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日本漫画界でのシュルレアリスム

詩や音楽そして絵画の世界だけではなく、漫画界ではつげ義春の「ねじ式」で初めてシュルレアリスム的表現の可能性が切り開かれることになりました。そし「ねじ式」は漫画界にとどまらず、知識人や芸術家などに大きな影響を与えてその作品は全共闘世代の圧倒的な支持も得ることになりました。

漫画「ねじ式」の概要

海岸でメメクラゲに左腕を噛まれ静脈を切断された主人公の少年が、死の恐怖に苛まれながら「医者はどこだ」と言いながら医者を求めて漁村らしき奇怪な町を放浪して、不条理な目に遇いながらも、ついには必要とした女医(産婦人科医)に出会って「シリツ」(手術)を受けることができ、事なきを得るという話です。

この「ねじ式」はつげ義春がつげが、水木しげるの仕事を手伝っていたころに下宿していたラーメン屋の屋上で見た夢が元になっています。(このあたりもシュルレアリスムらしい)

そしてつげ義春が見た夢をそのまま描いたものではなく、ほとんどは創作です。実際はこうしたシュールなものを描きたいという構想を、ずいぶん前からつげ義春の中にはありましたが、それまでの漫画界では、あまりにも斬新でもあったために、発表する機会がありませんでした。「ねじ式」を発表する直前までのつげ義春ですが、一連の「旅もの」で人気を博していました。

しかし、原稿に締め切りが迫ってネタに尽きたつげですが、それまで構想にあったこの作品を思い切って発表することになりました。完成までに3か月を要しています。『ガロ』という自由な表現の場を得たことがこの作品を世に出す原動力にもなりました。

タイトルの『ねじ式』のタイトルは、シリツ(手術)の際に、治療のため女医によって取り付けられた血管を接続するためのバルブねじから『ねじ式』とネーミングされています。女医自身はこの治療法を『○×方式』と呼んで、少年に決してそのネジを締めることのないよう注意しています。

作品の舞台となった漁村ですが、エッセイ集『つげ義春とぼく』の中でつげ自身によって、千葉県の太海(太海漁港)を想定して描いたとされていますが、それから後に『つげ義春漫画術(下巻)』で権藤晋とインタビューの中では、作品全体は太海を想定して描いたのではないと否定しています。しかし、作中で主人公の少年がキツネの面を付けた少年の運転する蒸気機関車によって連れ戻される終着の「もとの村」に描かれた民家の建て込んだ場面の絵にそっくりな場所が、太海漁港のすぐそばに今も見つけることができます。

また作中で、少年が「イシャはどこだ」と叫ぶコマに登場するレンチ(両口スパナ)を持った中年の男は『定本木村伊兵衛』(日本を代表する写真家の1人)に全く同じ構図の写真を見ることができるので、アイヌ人知里高央がモデルになっていることが知られています。

『ねじ式』が発表された当時、そのシュールな作風と常軌を逸した展開から漫画界以外でも大いに話題となり反響を得ることになりました。そしてフロイト流の精神分析による評論までも試みらることになりましたが、つげ義春自身はそうした解釈には反発を感じて、全く当たっていないと一蹴しています。

作風がシュールになっているのために深読みされて、作者の深層が全部出ていると誤解されやすくなっているので、「初期の作品では、創作の意味が分からないため垂れ流し的に描くから自分自身の内面が作品に表れやすいが、何年も描いていると作品としての構成を考えて、セリフのひとつひとつも自覚して描いているため、自分自身の内面が出ることは少ない」とつげ義春自身は述べています。

そしてこの作品では、初めてリアルな女性の裸体が登場しています。リアルな女性の裸体は、当時の漫画界でもこれほどにリアルな裸体で描かれている事はありませんでした。このリアルな女性の裸体を描くことで「思い切って描いた」「こんなエロ画を描いて人に見せた。自分を晒した」というつげ自身の言葉によるとつげ自身が開放感を味わうことになり、『ゲンセンカン主人』や『夢の散歩』、さらに私生活を赤裸々に描いた『つげ義春日記』へとつながっていくことになりました。

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『ねじ式』の夢と元ネタ

・つげ義春自身の言葉によると、冒頭近くの洗濯物が干してあるコマは、何らかの写真を元にして書かれています。

・旋盤工の少年が登場していますが、この少年は昔のつげ自身です。なぜ昔の自分が出るのか、意味はありません。

・機関車でドライブをする際に、主人公の少年が見る風鈴がありますが、これは単なる思い付きで意味はありません。

・ラスト近くでビルの一室で開業する女医のモデルがありますが、銀座4丁目の三愛ビルという円筒形のビルです。実際の夢の中では、そのビルの最上階に医者がいるということが分かっているけれど、病院の入り口が見つかりません。それでどんどん焦っていき、ビルの1階で途方に暮れてしまうけど、いつの間にかビルに入って医者の部屋に入っていまました。夢の中では女医は登場していないので、性的な出来事も起こっていません。

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『ねじ式』の追体験

つげ義春は、この作品を発表した後に偶然にもこの作品によく似た出来事を現実の世界で追体験することになりました。

『ねじ式』発表翌年の1969年(昭和44年)につげ義春は妻の藤原マキと一緒に、作品の舞台となった太海をはじめ鴨川、大原を旅しています。太海の機関車が民家の路地から現れる場所のすぐそばの宿で、正体不明の毒虫に右足の甲を刺されてしまい、医者を求めてさまよい歩くことになりました。

日曜だったということもあり休日診療の医院を訪ねるていますが、満員でよそ者を見る無遠慮な視線を浴びて対人恐怖症のつげ義春ひるんでしまい、医院の玄関を出て地面にべったりと座り込んでしまいます。

それから、タクシーや徒歩で鴨川、大原あたりをさまようことになり、結果案内されたのは、なぜか昔に、弟が熱湯を口に含んで大やけどを負った際に診てもらった耳鼻咽喉科でした。結局つげの右足を刺した虫の正体は分からずじまいでした。そして女医ではなく老医師から注射を1本打たれています。

帰宅後の翌日に、改めて近くの医者へ行ったところ、照明が青白く秘密めいた雰囲気の部屋で、つげはベッドの横になり4人の看護婦に取り囲まれます。そして手術をされるのか・・と恐怖を覚えたのでした。汚れた足を看護婦に消毒液で拭かれた時に、細い指のしなやかな感触に彼は怪しげな気分を味わうことになりました。

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