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シュルレアリスムの父

帝王とも呼ばれたシュルレアリスムの父ともいわれるアンドレ・ブルトンですが、フランスの詩人でもあり文学者でう。そして誕生日も2月19日ですが本人が「詩的な意味合い」で2月18日と公言しています。誕生日が詩的っていったいどんな意味があるのだろう?!とも思いますが、公的な書類などでアンドレ・ブルトンの誕生日が2月19日というのは間違いなく事実です。

アンドレ・ブルトンとは?

第一次世界大戦頃に、その当時のフランスではあまり知られていなかったフロイトの心理学に触れて、第一次世界大戦終戦後にルイ・アラゴン、フィリップ・スーポーたちと共に、ダダに参加しました。しかし1920年代に入ってから、ダダのトリスタン・ツァラと対立して、ダダと決別することになります。

それ以後、アラゴンやスーポー、またロベール・デスノス達と共に新たな芸術運動を展開していき、眠りながらの口述などの実験を試み、1924年「シュルレアリスム宣言」を起草することによって、シュルレアリスムを創始しました。

それ以降『シュルレアリスム革命』誌の編集長にアンドレ・ブルトンは就くことになりました。そしてシュルレアリスムに感化された多くの芸術家たちがパリに集まってきました。ブルトン自身は、拡大していくシュルレアリスムの中心的存在として「帝王」または「法王」として君臨し続けていき、『ナジャ』などの作品や、多くの評論を書いていきます。第二次世界大戦がはじまると、アメリカ合衆国のニューヨークに亡命していましたが、マルティニークを経由した際にエメ・セゼールと出会い『熱帯』や『帰郷ノート』に衝撃を受けることになりました。亡命した後はアメリカ合衆国でもシュルレアリスム活動を続けていき、戦後はフランスへと戻りました。

やがてシュルレアリスムから芸術家たちが離れていきましたが、ブルトンは生涯ずっとシュルレアリストとしての立場を貫いていきました。

そしてダダの活動を経てシュルレアリストになったこともあり、ブルトンの著書では既存の芸術を批判していることが多くみられます。しかし。ルネサンス期の画家ウッチェロを好んでもいました。

ブルトンはパリ9区のフォンテーヌ通り42番地にアパルトマンを持っていました。そしてブルトンの書斎には、絵画などの芸術作品だけでなく、アフリカの民芸品などが多数ありました。ブルトンはそれらを交換したり寄付をしたりとしていました。ブルトンの娘オーブが守ってきたブルトンの膨大なコレクションですが、たくさんの批判がありながらも、2003年にオークションにかけられることになりました。

2008年5月21日に、ブルトンの「シュルレアリスム宣言」などの9点の自筆原稿がパリのサザビーズでオークションにかけられて、パリの書簡・直筆原稿博物館が360万ユーロ(約5億8千万円)で落札しています。

現代アートとはなんだ

シュルレアリスム宣言

シュルレアリスム宣言は1924年に作られました。シュルレアリスムを運動として組織して、拡大させるきっかけとなった書物です。もともと『シュルレアリスム宣言』は、自動記述からなる物語集『溶ける魚』の序文として書かれていましたが、【シュルレアリスム】という言葉をはっきりと定義したことで、序文が宣言へと姿を変えることになりました。

本来の書名は『シュルレアリスム宣言・溶ける魚(Manifeste du surréalisme/Poisson soluble)』となっているので、『宣言』に『溶ける魚』を並んでいる形になっています。しかし、後に出版されるいわゆる『宣言集』などでは、『第二宣言』、『第三宣言か否かの序』と、『シュルレアリスム宣言』を『第一宣言』として『溶ける魚』は切り離されることになりました。

ブルトン著の他の作品では、現実の女性、ナジャとの出会いで現実の背後にある超現実の存在を実感する体験を語った、ドキュメントの散文作品『ナジャ』の他に、『狂気の愛』『通底器』『シュルレアリスムと絵画』などがあります。またスーポー(詩人で小説家)との共著、自動記述のテクストを集成した『磁場』、ポー・エリュアール(詩人)との共著『処女懐胎』などがあります。

シュルレアリスムの父

ブルトンはシュルレアリスムを創始して、運動としてシュルレアリスムを組織していきました。そのグループの中でブルトンは「帝王」や「法王」として君臨していました。そんなブルトンは、多くの芸術家をシュルレアリスムから「除名」している。前述の20世紀最大の画家ともいわれるダリやエルンストなどを除名してきました。そのようなブルトンの態度や行動。そしてブルトンの組織でのあり方というものに、多くの人間が反発することになり、「ブルトンはシュルレアリスムの父である。子は常に父より優れていて、子でもあるダリはその父から離れていった」という言い方もされています。ブルトンの最初の妻シモーヌはブルトンとの結婚する以前には、友人への手紙の中でブルトンを「率直な」人物と評していましたが、彼の著書にしばしば見られる過激な言葉などから読み取ると、ブルトンは過激な発言と自分の考えと少しでも反発すれば、糾弾するという姿からみるとどのような人か。と想像できます。シュルレアリスムを創始したメンバーのアラゴン、エリュアール、スーポーなどほとんどは、後にブルトンの元を離れています。

アーティストになりたい方必見

ブルトンの主な邦訳書

  • 『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』・・・巖谷國士(岩波文庫、旧版学芸書林)
  • 『超現実主義宣言』・・・生田耕作(中公文庫)
  • 『シュルレアリスム宣言集』・・・江原順(白水社)
  • 『ナジャ』・・・巖谷國士(岩波文庫、白水社)
  • 『ナジャ論』・・・巖谷國士(白水社)
  • 『ナジャ』・・・栗田勇(現代思潮新社)
  • 『秘法十七』・・・入沢康夫(人文書院)
  • 『秘法十七番』・・・宮川淳(晶文社)
  • 『通底器』・・・足立和浩(現代思潮新社)
  • 『ブルトン詩集』・・・稲田三吉(思潮社)
  • 『処女懐胎』・・・服部伸六(ポール・エリュアールと共著、思潮社)
  • 『恋愛 L'amour』・・・(ポール・エリュアールと共著、エクリ)
  • 『狂気の愛』・・・笹本孝(思潮社)
  • 『狂気の愛』・・・海老坂武(光文社)
  • 『性についての探究』・・・野崎歓編(白水社)
  • 『魔術的芸術』・・・巖谷國士、谷川渥ほか(河出書房新社)
  • 『シュルレアリスムと絵画』・・・粟津則雄ほか(人文書院)
  • 『至高の愛』・・・松本完治(エディション・イレーヌ)
  • 『シュルレアリスム簡約辞典』・・・江原順(現代思潮新社)
  • 『超現実主義と絵画』・・・滝口修造(ゆまに書房)復刻版
  • 『シュルレアリスムとは何か』・・・秋山澄夫(思潮社)
  • 『ブルトン、シュルレアリスムを語る』・・・稲田三吉(思潮社)
  • 『アンドレ・ブルトン集成』・・・(人文書院)、数巻のみ未完結出版。
  • 『ピエール・モリニエの世界』・・・生田耕作(ピエール・モリニエと共著、奢霸都館)
  • 『黒いユーモア選集(セリ・シュルレアリスム)』・・・山中散生(国文社)
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